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【#14】定年後の不安との向き合い方

心の平穏生き方

【#14】定年後の不安との向き合い方

老子14章に学ぶ、先が見えない50代の心の置きどころ

定年後のことを考え始めると、胸のあたりがざわつく夜はありませんか。

貯金も、年金も、再雇用のことも、数字にできるものは数えられます。

それでも数え終わったあとに、何かが残ってしまう。

数えられるものをすべて数えても、不安が消えないことがあります。

第1章|定年後が見えない不安に、老子14章は何と言うか

老子の第14章に、こんな一節があります。

見ようとしても見えないものを「夷(い)」、聞こうとしても聞こえないものを「希(き)」、つかもうとしてもつかめないものを「微(び)」と呼ぶ。

そういう「道」は、迎えても頭が見えず、追いかけても後ろが見えない、と。

最初に読んだとき、これは定年後のことだと思いました。

老子は、この三つは問い詰めても答えが出ない、だから混ざって一つになっている、と言います。

定年後の不安も、同じではないでしょうか。

お金のこと。体力のこと。居場所のこと。誰にも必要とされなくなるのではないか、ということ。

一つひとつに分けて答えを出そうとしても、混ざり合っていて、どれも決め手がありません。

第14章は、さらにこう続きます。上は明るすぎず、下も暗すぎない。名づけようのない、形のないものだ、と。

真っ暗でも、真昼でもない。その薄明かりの中を、私たちは歩いています。

第2章|プライドが邪魔して、会社になじめない

私は木箱の会社を約10年続け、景気の悪化で閉じました。

営業、製造、販売、経理、引き取り、配達。

すべて1人でこなしてきました。

会社員に戻った私の心の奥には、こんな声が居座っていました。

「チキショウ。なんでこの俺が、あんなに頑張ってきたこの俺が、誰でもできるような仕事をしないといけないんだ」

言葉にはしなくても、態度や顔に出ていたのでしょう。

仕事はうまくいきませんでした。

ヘマをする、事故をする、怒られてばかり。

それもそのはずで、私はすべてを自分で考え、決め、動かしてきた人間です。

組織の構造もルールも知りません。

何が背く行為なのかさえ、わかっていませんでした。

プライドは、本人の知らないところで、仕事の邪魔をします。

それが邪魔をしていたと気づくまでに、4年かかりました。

きっかけは、失敗続きの私を見ていた妻の一言でした。

「仕事をナメたらあかんで!」

完全に見抜かれていました。

あの一言がなければ、私はもっと長く、同じ場所で足踏みしていたかもしれません。

それから、まず「受け入れる」ことから始めました。

組織の構造も、考え方も、流れも、受け入れて学ぶ。

一匹狼のままだったから、私は事業も失敗したのかもしれない、と思うようになりました。

いつかリベンジしてやる。

その思いは、今も変わりません。

ただ、向ける先が変わりました。

今になって思うのは、「受け入れる」ことは、負けを認めることではないのかもしれない、ということです。

一匹狼で、全部を自分で決めてきた私にとって、誰かの決めたルールの中で動くことは、悔しいことでした。

けれど、自分のやり方が通用する場所と、そうでない場所がある。

それを知ることは、弱さではなく、視野が広がことだと、今は考えています。

受け入れるとは、負けを認めることではなく、道具を一つ増やすことなのかもしれません。

プライドそのものが、悪かったわけではありません。

あのプライドがあったから、1人で10年続けられたのだとも思います。

使う場所を、間違えていただけでした。

第3章|定年後の準備、時間がなくて苦しい

人生には登り坂も下り坂もあると言います。

私はそれを、毎日の通勤路に重ねています。

雨の日も風の日も、片道30分、アップダウンの厳しい道を自転車で通っています。

今の私は、急な登り坂の途中です。

自転車を押し、足を踏みしめながら、コンテンツ制作という土台を固めている最中だと、自分に言い聞かせています。

この坂を登りきれば、きっと日の目を見る日が来る。

そう願いながら過ごしています。

坂の途中では、頂上は見えません。

見えるのは、目の前の数メートルの道だけです。

それでも、自転車を押す足を止めなければ、景色は少しずつ変わっていきます。

頂上が見えなくても、目の前の一歩は、確かに進んでいます。

はっきり言います。

苦しいです。

産みの苦しみです。

休日も、疲れた体を休ませずに筆を走らせています。

同僚たちは休日をゆっくり過ごしていると聞きますが、私はその時間が惜しいのです。

頭の中は、いつもコンテンツ制作のことばかり。

戦略、構成、文章。

深夜に起きて作業する日も少なくありません。

私には、時間がないからです。

人に信用されるまでには、最低でも3年かかります。

定年から逆算すると、今から始めても遅いくらいです。

定年になってから「さあ、何かを始めよう」としても、始められるものではありません。

うまくいく確率はかなり低いのですから、会社員である今のうちに、たくさん失敗して、その失敗をデータにして改善していく。

会社をセーフティーネットと位置づけて、その上で挑戦する。

それが、私の戦略です。

考えてみれば、毎月の収入がある今は、いちばん自由に失敗できる時期です。

定年後に失敗すれば、取り返す時間も、足場も、小さくなります。

会社員のうちは、失敗しても、足場があります。

失敗を、ただの失敗で終わらせない。

noteの反応を分析する仕組みも、自分で作りました。

どんなタイトルが読まれ、どんな文章が読まれなかったのか。

比喩を使った、自分の体験から始まるタイトルのほうが読まれる、という傾向も、データで見えてきました。

数字は、正直です。

そして、失敗の理由を教えてくれる、いちばん確かな先生でもあります。

毎週日曜の朝6時に、音声を届けています。

映像は使いません。静止画と、声だけです。

それでも、最後まで聴いてくださる方が多いことが、数字で見えています。

派手ではありません。

けれど、声だけでも届くものはあるのだと、数字が教えてくれました。

第4章|将来が見えなくて、不安なとき

第14章は、道の姿を「惚恍(こつこう)」と呼びます。

ぼんやりして、形がない状態のことです。

私の将来も、まだ見えません。

確実性がありません。

収入につながるかどうかさえ、わかりません。

それなのに、多くの時間を注いでいます。

きっと報われるという希望だけを胸に。

でも、こうも思うのです。

見えない状態は、なくすものではなく、抱えて歩くものなのかもしれません。

目標を達成して、すべての工程が終わったら、また別の悩みが出てくるでしょう。

ならば、今この努力の時間を大切にして、どれだけ楽しむかだと考えています。

時間がない中で、どうコンテンツ作りに向き合うか。

それを苦痛とは思わずに楽しむ。

することがない、という日をつくらないように。

人間、時間を持て余すと、ろくなことを考えません。

第14章は、道には頭も後ろもない、と言います。

始まりも終わりも見えないのなら、ほかの誰かが先に進んでいるように見える日があっても、焦ることに意味はないのかもしれません。

私の坂は、私にしか登れません。

28歳の真夏、沖でサーフボードにまたがり、波を待っていたときも、同じでした。

波は先に見えません。

つかむこともできません。

できるのは、待てる場所に浮かんでいることだけでした。

見えないことは、失敗ではなく、待つときの普通の姿なのだと思います。

川辺にテントを張って、友人たちと焚き火を囲むこともあります。

見上げると、満天の星空です。

そんなとき、頭の中で絡まっていた考えが、ふっとほどけることがあります。

答えが出たわけではありません。

ただ、見えないままでも、次の一歩だけは、静かに浮かんでくるのです。

老子は続けて言います。

「古(いにしえ)の道(みち)を執(と)りて、今(いま)の有(ゆう)を御(ぎょ)す」。

歩いてきた道を手に持って、今あるものを扱いなさい、と。

過去の栄光にしがみつくことと、古の道を手に持つことは、違うようで、実は違わないのだと思うのです。

大切なのは、それをどれだけうまく利用するかです。

栄光も、プライドも、失敗も、使い方しだいで、今を動かす道具になります。

私の手元にあるのは、長年、物流現場で積み重ねてきたもの、木箱の会社を10年続けた経験、そして会社員という安全な足場です。

老子が言う「今の有」とは、今日、目の前にあるもののことだと、私は受け取っています。

今日の仕事。今日書く一文。今日の帰り道。

先は見えなくても、今日は見えます。

第5章|定年前の不安、あなたの手元には何がある?

あなたの不安も、きっと同じ形をしているのではないでしょうか。

誰にも言えないまま、夜に一人で抱えている不安。

それは、あなただけのものではありません。

先が見えないのは、あなたの準備が足りないからではありません。もともと、そういうものなのです。

手元にあるものは、人によって形が違います。

長く勤めた年数かもしれません。続けてきた趣味かもしれません。重ねてきた失敗の数かもしれません。

あなたの手元にある「30年」は、どんな形をしていますか。

見えない先を照らそうとする前に、手元の30年を眺めてみませんか。

この文章を、いつか孫が読むかもしれません。

そのとき、見えない先を前にして、悩みながらも、手を動かし続けた人間がいたのだと、伝わればうれしいです。

心に残った一文があれば、引用していただけたらうれしいです。

見えないままで、いいのです。

一緒に、歩いていきましょう。

これからも、定年前の毎日を、見えないままに書いていきます。

よければフォローしてお付き合いください。

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