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【#13】 50代、戦う場所を変えろ

今の職場で限界を感じている

戦略仕事

【#13】 50代、戦う場所を変えろ


第1章|あなたの努力は間違いじゃない

給料明細を開いた瞬間、 自分の人生が安い値段で査定されていたと知りました。

 

頑張ってきたのに、なぜ苦しいのか。

今日は、その答えを一緒に探したいと思います。

 

あなたは頑張ってきたと思います。

じゃないと、こういう配信を聞いていないはずだから。

でも——

なんとなく、満たされていない。

頑張った分だけ返ってこない感覚が、ずっとある。

「自分の努力って、何だったんだろう」

そう思ったことが一度でもあるなら、 今日の話は、あなたのために用意しました。

 

一つだけ、先に言わせてください。

それは、あなたの努力不足ではありません。

戦う場所を、間違えていただけかもしれない。

 

今日は孔子の「子路篇」から、一つの考え方をお伝えします。

難しい話はしません。

ただ聞き終わったとき—— 世界の見え方が、少し変わっているかもしれません。


第2章|給料を下げられた日の話

今日は、自分の話をします。

ある月の給料日のことです。

給料明細を開いた瞬間、 先月まであった数字が、消えていました。

明細を握る手が、少し震えていました。 コピー紙の擦れる音だけが、やけに大きく聞こえた。

 

意図的に、下げられていた。

理由は、運賃の値下げを決行したこと。

会社の判断に従って動いた。 それなのに、個人評価を下げられた。

 

給料が下がるというのは、死活問題です。

家族がいる。生活がある。

マグマのような怒りが、腹の底から込み上げてきました。

 

上司に訴えました。

返ってきた言葉は——

「すまん」

 

 

……「すまん」?

「すまん、じゃ、済まん」

 

頭の中で、その言葉がずっと響いていた。

人前では平気な顔をしていた。 でも一人になった瞬間、悔しさが込み上げてきた。

怒りをどこにもぶつけられなかった。

 

さらに、こんなことがありました。

グループ企業から転勤してきた同僚がいた。 懇切丁寧に仕事を教えました。

でも彼は、なかなか仕事ができない。 カバーに入ったのは、自分でした。

そして——査定の結果を見たとき、目を疑いました。

仕事のできなかった彼の評価が、自分より高かった。 給料もボーナスも、上だった。

 

あべこべな世界が、そこにありました。

 

でも——これは、自分の会社だけの話じゃない。

今、多くの会社で起きていることがあります。

成果より、管理しやすさが評価される。 正しさより、従順さが好まれる。 能力より、空気を読む力が求められる。

これは一つの会社の問題ではなく、 時代の構造そのものです。

 

体を酷使し続けた。 ギックリ腰、過労、坐骨神経痛。 1ヶ月のドクターストップ。

その苦労が、何かに変換されて残ったかというと—— 何も残っていなかった。

ただの、労働力の使い捨て。

それが、現実です。

 

家族には、言えない。

心配させるだけだと思うから。

怒りも、悔しさも、疲れも—— 笑顔の下に、ずっと押し込めているのです。

 

問題は、会社ではなかった。

他人の評価でしか、自分の価値を決められない生き方。

そこに入り込んでしまっていたことが、本当の問題だったのだと思います。

 

孔子は、人を正しく扱えぬ組織は必ず乱れると見抜いていました。

2500年前の言葉が、給料明細一枚に集約されていたのかもしれません。


第3章|孔子は2500年前に見抜いていた

ここで孔子の話を少しだけ。

「子路篇」の中に、こんな言葉があります。

「必也正名乎」

——まず名を正さなければならない。

 

孔子は2500年前に、すでに見抜いていたのです。

名前を偽る組織は、人を壊すと。

 

意味はシンプルです。

「ものごとを、本当の名前で呼べ」ということ。

 

たとえば。

「頑張れば報われる」という言葉。

これ、本当の名前で呼んでいますか?

今の会社という場所では—— 本当の名前は「管理しやすい人間が評価される」かもしれない。

「正論を言えば通る」という言葉も、 本当の名前は「正論は、力関係の土台がないと潰される」かもしれない。

 

孔子はこう続けます。

「名が正しくなければ、言葉が通じない。 言葉が通じなければ、何事も成し遂げられない」

2500年前の言葉が、 今の職場でそのまま起きている。

それがわかったとき—— あの「すまん」の一言も、違う意味を持ち始めます。

あの上司は、嘘をついていたわけじゃない。

ただ、本当の名前を持たない場所で、 本当の名前を持たない言葉を使っていた。

悪いのは、上司ではなく、 「すまん」しか言えない構造が、悪いのです。

そしてその構造の中に居続ける限り、 誰もが「すまん」しか言えなくなるのです。


第4章|眠れなかった夜と廃業の記憶

個人事業主をやっていた頃の話をします。

売上を作れなかった夜は、眠れませんでした。

天井を見ながら、ずっと考えていた。

どうすれば稼げるのか。 どうすれば次の仕事が来るのか。

朝が来ても答えは出ない。 でも、また現場に向かう。

 

そして——リーマンショックが来た。

廃業。

再就職もできなかった。

「もう無理かもしれない」

そう思ったのは、あの時期でした。

新婚で、借金を背負いながら、どこにも雇ってもらえない。

 

それでもようやく会社員として働き始めた頃、 こんな上司がいました。

仕事の判断は早く、正論で部下を詰める人だった。

グゥの根も出ないほど正しい。

次の転勤先でも同じことをやり続けた結果、 部下が次々と辞めていき、 最後に一人になって、その人も辞めていった。

 

「正しいこと」と「届くこと」は別の話です。

正当性だけを掲げても、人はついてこない。

これも孔子の言う「正名」の失敗です。

相手と自分が、同じ言語で話していない。

どれだけ正論でも、 土台が違えば、言葉は届かない。

 

会社員の限界と、自営業の孤独と—— 両方を知っている人間だからこそ、言えることがあります。

努力不足ではなかった。 正しさが足りなかったわけでもなかった。

ただ——戦う場所が、違っていた。

 

努力が報われなかったのではない。

報われない場所に、努力を置いていただけだ。


第5章|定年後の収入を作る3つの考え方

では、この考え方を 「これからの自分の収入源」にどう活かすか。

ここが今日のメインです。

 

綺麗事では、老後は守れません。

必要なのは、現実的な収入源です。

 

正直に言います。

お金が欲しい。

贅沢のためじゃない。 見返すためでもない。

ただ——安心のために。 家族を守るために。

それだけです。

 

でも会社員という構造の中では、 収入には上限がある。

懸命にやっても天井がある。 一方で自営業には天井がない——ただし底もない。

そのことを骨身に染みてわかっている今だからこそ、 次の手を考えている。

 

一つ目。

「自分の本当の名前を知る」

副業でも発信活動でも、 最初に失敗する人のほとんどが、 「自分が何者か」を曖昧なままスタートします。

まず自分に正直に聞いてみてください。

自分は何のために、誰のために、何を届けたいのか。

それを一文で言えるようになったとき、 発信の軸が決まります。

 

たとえば——

「20年の現場と廃業と再起を経た50代が、 同じように報われずに苦しむ同世代に向けて、 違和感の正体を言語化する」

これが名前です。

普通の会社員には語れない。 普通の起業家にも語れない。

両方を知っている人間だけが語れる言葉が、 私にはある。

 

二つ目。

「人の意見より、自分の問いを信じる」

若い頃の自分に教えたいことがあるとしたら——

「人の意見を信じるな。自分の考えを貫け」

これだけです。

孫子の言葉で言えば「彼を知り、己を知れば百戦危うからず」。

他人の声に流されて、自分の問いを失った瞬間、 人は方向を見失います。

「これは流行ってるから」でやっても続かない。

「自分はこれを伝えたい」という問いが、 エンジンになります。

 

三つ目。

「言ったことをやる人間になる」

信用というものは、 資格でも肩書きでも学歴でもなく、 「この人は言ったことをやる人だ」 という積み重ねです。

毎週配信すると言ったら、毎週配信する。 丁寧に届けると言ったら、丁寧に届ける。

それだけで、半年後、1年後に 「この人の話は信頼できる」という資産が積み上がる。

給料は、会社が決める。

信用の値段は、自分で決められる。

 

そして——認めてくれる誰かを、外に探すのをやめること。

上司でも、会社でも、世間体でもなく。

本当に認めてくれる相手がいるとしたら、 それは未来の自分だけだと思っています。


第6章|七転び八起き——八起き目の今

人生を一言で表すなら、と聞かれたら——

「七転び八起き」と答えます。

 

自由な時間を捨てて、家族を得た。

自分軸であった事業を捨てて、会社員という他人軸の中に入った。

失ったものがあれば、得たものもある。

 

でも正直に言えば—— 若い頃の自分が今の自分を見たら、

「自営業がいいとわかっていながら、 なぜ10年以上も会社員でいるんだ? もっと打つ手はなかったのか?」

そう問いかけてくると思います。

 

怒りがある。 今の生活への怒り。

その延長線上にある——定年後への恐れ。

年金もない。 働くことすら許されなくなる日が来る。 その時、どうやって生きていくのか。

 

この怒りと恐れが、今の原動力です。

希望だけで動いているわけじゃない。

でも——この感情を、燃料にしている。

 

最近、思うのです。

若い頃ほど、勝ちたいわけではない。

ただ、静かに生きたいだけなのだと。

誰かに認められなくていい。 比べなくていい。

自分の軸で、静かに、誠実に生きていく。

それだけが欲しいのだと、ようやくわかってきました。

 

聴いてくれているあなたも、 同じような怒りや恐れを抱えていませんか?

それは弱さじゃない。

動くための燃料です。

 

そして——一つだけ、伝えたいのです。

あなたが苦しんできた経験は、 次の誰かの地図になります。

廃業の痛さを知っている人間が語る言葉は、 廃業を知らない人間には語れない。

給料明細の数字が消えた瞬間の怒りを知っている人間の言葉は、 それを知らない人間には届けられない。

 

あなたの苦労は、失敗ではなかった。

次の戦いのための教材だった。

 

遅かったのではなく、

遠回りしたからこそ、語れる言葉が増えたのです。

 

孔子は、外に勝つより己に克つ者を強いとした。

怒りを燃料に変えて、今日も前に進んでいる。

それが、己に克つということではないかと思っています。


第7章|今日から始める一つのこと

今日の話を聞いて、 一つだけお願いがあります。

自分の「本当の名前」を書き出してみてください。

紙でも、スマホのメモでも構いません。

「私は何者で、誰に、何を届けたいのか」

一文でいいです。

うまく書けなくてもいい。

 

そして——自分に問いを立ててみてください。

「自分はなぜ、これをやりたいのか?」

この問いを持ち続けること。 興味を持ち続けること。 学び続けること。

そのループが、成長を生みます。

 

もし一人で言葉にできないなら、 この配信で一緒に整理していきましょう。

 

孔子の言葉は、難しくない。

ただ——正直であれ、ということです。

自分に、他人に、そして言葉に。

 

最後に一言。

 

七回転んだことに、意味はない。

 

 

八回目も立とうとしていることに、意味がある。

 

その「八起き目」に、今日も挑戦しています。

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