【#08】負けを認めたくなかった話|廃業・どん底・そして再起へ
【論語で読む50代の生き方】
オープニングナレーション
「毎朝、会社に向かいながら思っている。こんなはずじゃなかった、と。——あなたも、そうじゃないですか。孔子シリーズの今回は、負けを認めたくない人に向けた話をします。まだ諦めていない、本音の話です。」
50代・会社員|まだ諦めていない人へ
聞いてください。
こういう人、いませんか。
会社員として働いている。
毎朝、決まった時間に出勤して、指示を受けて、評価されて帰る。そういう日々を送っている。
でも心の奥で、ずっとこう思っている。
「こんなはずじゃなかった」
そして同時に。
「まだ終わってないだろ」
この二つが、毎日胸の中でぶつかっている。
諦めた方がいい年齢だろ、と自分に言い聞かせながら——それでも諦められない。
今日は、その話をします。
私自身の話でもあります。
でも本当に伝えたいのは、あなたの話です。
第一章|廃業して気づいた、プライドという病気
突然ですが、聞いていいですか。
自分が「降りた」と感じた瞬間、ありますか。
転職した日。役職を外れた日。自分でやっていた仕事を畳んだ日。
「再出発」「仕切り直し」——周りはそう言ってくれる。でも自分の中では、全然違う言葉が浮かんでいる。
私にもその日がありました。
リーマン・ショックで事業が立ちゆかなくなったとき、同業の社長さんが声をかけてくれました。
「うちの軒先でやったらいい」
善意です。本物の善意だと分かっていた。
嬉しかった。でも——そうじゃない。
その「そうじゃない」という感覚が、プライドというものの正体だったと今は思います。助けてもらえる立場にある。でも受け取れない。感謝しながら、断る。
誰も悪くない。でもしんどい。
あなたにも、そういう瞬間がありますか。正しい選択肢が目の前にあるのに、手が伸びない瞬間が。
第二章|空回りが止まらない50代へ|頑張るほど壊れた理由
うまくいかない時期って、大体こうじゃないですか。
怒られているわけじゃない。それが逆につらい。
期待されない。任されない。「この人、使いにくいな」という空気だけがある。誰も声に出して言わない。でも分かる。そういう空気は、体に染みてくる。
私の場合、全てが空回りして——物損事故が続きました。
気持ちだけじゃなかった。体に出た。仕事に出た。
「頑張っている」と思っているのに、体の方が正直に反応していた。
今なら分かります。仕事していなかった。正確に言うと——「過去の自分を守る作業」をしていた。「俺はもっとできるはずだ」という思いを手放したくなくて、全力で守りに入っていた。
プライドって、声を出さずに人を止めるんです。
「まだ本気出してないだけ」「本当の実力はこんなもんじゃない」「環境が悪いだけだ」——そう言い聞かせながら、また同じ一日を繰り返す。
論語の『泰伯』に、こういう言葉があります。
「民はこれによらしむべし、これを知らしむべからず」
難しく聞こえるかもしれないけど、私はこう読んだ。
「分かった気になっているとき」が、人は一番動けない。
事故が続いていたあの時期、自分のことを一番分かっていないのは、私自身でした。
心当たり、ありませんか。
第三章|左遷・どん底・4年後に全部が溶けた日
NC旋盤が高速回転するキュィーンという甲高い音。
その横で、スットントントンとコンプレッサーが1秒でも早くと、けたたましく空気を溜め込んでいる。
足元には鉄の残骸が転がって、油の酸っぱい匂いが漂っている。
それが、配属された現場でした。
18歳の丁稚時代、技術職は尊いながらも収入が追いつかない。だから2度と踏み入れまいと誓った業界でした。それが20年経って、廃業を経験してドン底を味わって、運送業という違う業界から覗くことになった。
懐かしさが込み上げたと同時に——双六の振り出しに戻された、という感覚になった。
ただ、正直に言います。
この感覚に辿り着くまでに、4年かかっています。
廃業してから4年。その間ずっと、何かが胸に引っかかったままだった。悔しいのか、情けないのか、自分でもうまく言葉にできない感覚が、ずっとそこにあった。
それが、あの現場で——ふと、吹っ切れた。
立場的にはドン底でも、経験値は残ってる。ならばもう一度、一から出直せばいい。そう心の中でつぶやいた。
4年越しに気がついたことがあります。
結局のところ、全ては気持ちの問題だった。
環境じゃない。評価じゃない。運でもない。気持ちの置き場所が、全部を決めていた。
ただ、気持ちというのは、頭で変えようとして変わるものじゃない。
キッカケが要る。
私の場合、それがあの町工場の現場でした。油の匂いが染みついた、誰も行きたがらないあの場所が、4年間ずっと胸に引っかかっていたものを一瞬で溶かした。
配属先の工場が扱うのは自動車部品。私がかつて携わっていたのは印刷機械の部品。同じ鉄を扱うにしても、業界が違えば需要度も伸び代も全然違う。鉄という素材は変わらない。でも、置く場所を変えれば、用途が変わる。
論語の『泰伯』で、孔子が最高の徳と呼んだ泰伯は——王になれる立場を捨てて、誰も知らない辺境の地に行き、そこで一から始めた人物です。
価値が消えたんじゃない。置く場所を変えただけだった。
経験値は消えない。フィールドが変わっても、あなたはあなたのままです。
一つだけ言えるのは——キッカケはどこに転がっているか分からない、ということです。
誰かの言葉かもしれない。ふと見た景色かもしれない。左遷先の、油臭い現場かもしれない。
あなたが今、吹っ切れていないなら。それはまだキッカケに出会っていないだけかもしれない。
第四章|嫌われ現場で居場所をつくった、地味な逆転術
評価を気にするのをやめた。
その代わりに、一つだけ考えるようにした。
なぜ、みんなはこの現場を嫌がるのだろうか。
それだけです。
嫌がる理由が分かれば、そこに自分の居場所がある。誰もやりたがらない仕事を完璧にこなせば、いてもいい人間になれる。難しい話じゃない。ただ、それだけのことでした。
徹底的に調べました。
自動車部品ごとに担当者が違う。でも誰がどの部品を担当しているか、まとまった資料がどこにもない。だったら作ればいい。エクセルを開いて、部品と担当者を一覧にした。誰が見ても分かるように。
次に、日々の記録を取り始めた。どの部品がどれくらいの個数で動いているか。毎日、表に落とし込んでいく。
やっていることは地味です。派手さはゼロ。でも続けた。
するといつの間にか、聞かれるようになっていた。「あの部品、どこだっけ」「先週の数量、分かる?」——答えられるのが、自分だけになっていた。
「あの人、変わりましたね」と言われたのは——何も変えようとしていなかった時期のことでした。
変えたのは、見る方向だけです。自分への評価から、目の前の仕事へ。
泰伯は退いた後、何も語らなかった。説明しなかった。正当化しなかった。ただ、そこで積んだ。
力を抜いたとき、はじめて力が通るようになる。
これ、頭で理解するより先に——体が知る瞬間があると思うんです。
あなたにも、そういう経験ありませんか。頑張る方向を変えた瞬間に、うまくいった、という。
第五章|50歳からの再起|諦めない根拠がここにある
最後に、正直に言います。
まだ諦めていません。
正直、チャンスをずっと待っています。
今もくすぶっています。毎日、どこかで思っている。上司が行うお客様との交渉の下手さ。作業効率の悪さ。団体行動、連帯責任、組織人としてのあり方。全部、自営業とは違う。そのもどかしさが、毎日ある。
でも——同時にこう思っています。
これが、自分に最も欠けていたところだと。
経営者だったころ、団体の中で動くことが私には足りなかった。連帯責任を引き受けることが、できていなかった。もどかしい。でも、必要だった。神様に会社員という方向に導かれたのだと、今は思っています。
だから今は、ここで積んでいる。
そして——もう一度、やろうと思っています。
リベンジ起業。その言葉が、今の自分に一番近い。
根拠が二つあります。
一つは、取り戻したいものがある。かつて自分が持っていた手応え。あの感覚をもう一度つかみたいという気持ちが、ずっと消えていない。
もう一つは、18歳のときに見た景色です。
丁稚奉公をしていた鉄工所の会長から、こんな話を聞かされていました。自分はかつて一度、事業を破綻させた。それが50歳のころ。そこからもう一度、再起した。
当時の私には、ただの昔話でした。
でも今、自分がその年代に差し掛かってきた。
そう気がついたとき、思った。あの会長にできたなら、自分にもできるんじゃないか。50歳前後というのは、終わりじゃない。もう一度始められる年齢なのかもしれないと。
ただし、同じフィールドには戻らない。
今まで経験したことのない、全く違う場所で戦っていく。
その場所が、この音声配信です。
声一本で届けられるものがある。論語を読んで、自分の人生と重ねて、同じようにくすぶっている誰かに話しかける。それが今、自分にできることだと思っています。
日の目を見ることを夢見て——今、チャレンジの真っ最中です。
泰伯は退いた後、何をしていたか。記録には残っていない。
でも私はこう想像する。
黙って、積んでいた。チャンスを待ちながら、積んでいた。
人生には、前に出る時期より——黙って整える時期の方が、ずっと長い。それが弱さじゃない。それが戦略だ。
まだ諦めていない。チャンスをずっと待っている。
その火が消えていない限り——まだ終わっていない。
あなたも同じなら、一緒に待ちましょう。
今日は以上です。聞いてくれてありがとうございました。