【#06】老子「谷神(こくしん)」に学ぶプライドの手放し方|情報過多の時代を生きる知恵
第一章 情報過多の時代に感じる「選べない」という違和感
スマホを開けば、情報はいくらでも出てきます。
知りたいことは、たいてい検索すれば手に入る。
なのに、 知れば知るほど、 何を選べばいいのか分からなくなる。
そんな感覚は、ありませんか。
昔は、 情報を持っている人が強かった。
今は、 情報を持て余している人の方が、多い気がします。
満たされているのに、 自由じゃない。
そんな時代を、私たちは生きています。
便利な道具は、増えました。 AIも、使えば使うほど、 できることが広がっていきます。
なのに、 なぜか気持ちに余裕がない。
道具が増えるほど、 むしろ選ぶ疲れが増えていく。
そんな感覚を、 持っている人は少なくないと思います。
第二章 プライドが招いた廃業、四年間の迷走
バブル絶頂期、 私は高校生でした。
大人として、 バブルを謳歌した世代ではありません。
その空気だけを、 吸って育った世代です。
地価は、 毎年上がっていく。
「24時間戦えますか」が、 テレビから流れてくる。
ブランド品を持つことが、 当たり前のように語られる。
そんな空気の中で、 高校時代を過ごしました。
働けば、 高い給料がもらえる。
頑張れば、 豊かになれる。
そういう世界に、 憧れていました。
そうして飛び込んだのが、 親の跡を継ぐつもりで入った、 町工場の鉄工所でした。
自分が頑張れば、 将来は高い収入を得られる。
そんな風に、 単純に考えていたのです。
あの頃は、 富も、情報も、モノも、 持っているだけでステータスでした。
高くて、いいものを持っている。 それだけで、 カッコよく見えた時代でした。
芸能人がこぞって 不動産投資に力を入れていたのも、 あの頃です。
持てば持つほど、 評価される。
収入が増えれば、 持てるものも増えていく。 そういう時代だったからです。
情報も、同じでした。
新聞、テレビ、雑誌。 知っていることの量が、 そのまま人の価値を測る物差しでした。
たくさん知っている人が、 賢い人だと思われていました。
その後、インターネットが普及し、 情報は、 あの頃の何倍にも膨れ上がりました。
今度は逆に、 満たされすぎる時代になったのです。
全部を追いかけることなど、 誰にもできません。
追ったところで、 何かが良くなるわけでもない。
むしろ、 余裕がなくなっていくだけです。
特にSNSが広まってからは、 気軽に誰でも発信できる時代になりました。
スマホを開けば、 求めてもいない情報が、 勝手に飛び込んでくる。
気づけば、 何時間も経っている。
これは、 時間の浪費だと気づいたのです。
生産性のない浪費ほど、 きついものはありません。
ならば、 情報を追いかける側ではなく、 生産性を高める側に回ればいい。
そう考えたのがきっかけでした。
以前、 個人事業主だった頃、 独学でホームページを作り、 営業をかけ、 顧客を増やしていった経験があることから、
学べば道具は味方になる。
そう気づいてから、 情報との付き合い方が変わりました。
そう考えると、 情報収集も、 自分に合った部分だけを切り取る力が、 必要な時代だと考えるようになったのです。
けれど、 その「適度に」というバランスが、 一番難しい。
多すぎず、 少なすぎず、 自分に必要な分だけを選ぶ。
言葉にすれば簡単ですが、 実際にできている人は、 そう多くありません。
時間を贅沢に使う趣味が、 このところ人気だと聞きます。
キャンプや、登山や、 自然の中で過ごす時間。
情報から距離を置ける、 ちょうどいい逃げ場だからだと思います。
子供のいる三十代、四十代には、 ぴったりの趣味でしょう。
でも、五十代にもなると、 そう単純にはいきません。
まず、体力が持たない。
新しいことを学ぶ気力すら、 湧いてこなくなる。
まして、 リスクを伴う挑戦などは、 できるだけ避けたいと思ってしまう。
それでも現実は、 年金だけでは生活できない時代です。
守りに入りたい年齢なのに、 攻めなければ生きていけない。
そんな矛盾の中に、 今の五十代は立たされています。
私自身も、 その矛盾の中で一度、 つまずいた人間です。
私は木箱梱包の仕事で、 独立しました。
仕事を自分で取ってくる。 自分で作る。 自分で売る。 自分で納品する。
経理も、自分でこなす。
経済の状況を見ながら、 判断も、自分でする。
この面白さが、 たまらなかった。
しかも、 経済の最先端の情報が、 自然と入ってくる業界でした。
そんな環境は、 他になかなかありません。
それが、 一番の魅力でした。
自分の腕一本で、 仕事を取ってくる。
それが誇りでした。
でも、廃業しました。
うまくいかなかった理由は、 景気でも、 運でもありませんでした。
会社員に戻ってから、 私はしばらく上手くいきませんでした。
一匹狼で商売をしてきたのだから、 うまくやれるはずだ。
そう思っていました。
ところが、 すべてが空回りしました。
なぜだ。
理由が分からないまま、 四年という時間が過ぎていきました。
その間、 言い訳をしていたわけではありません。
ただ、 納得がいかないまま、 突き進んでいました。
分からないことを、 分からないまま、 増やし続けていたのです。
やがて私は、 「使えない人間」というレッテルを貼られ、 誰もやりたがらない仕事に 回されました。
自動車部品の修理工場。
足元には、 鉄の部品が散乱している。
キュィーンという、 高速回転する機械の音が響く。
油の酸っぱい匂いが、 その場にトグロを巻いている。
その光景は、 私が生まれ育った環境と、 よく似ていました。
「ここが、俺の原点だ。」
そう思えた瞬間、
「全てを捨てて、 一から出直そう。」
そんな声が、 心の底から湧いてきました。
その環境に身を置いたことで、 初めて私は、 「振り返る」ということを 覚えたのです。
四年目にようやく気づいたのは、 「プライド」でした。
自分で事業をやっていた、 という誇り。
それが、 どこかで自分を守る鎧になっていた。
誰かの指示を、 素直に聞けない。
誰かのやり方を、 素直に認められない。
満たしていたつもりのものが、 実は自分を動けなくしていたのです。
情報も、経験も、 たくさん持っているつもりでした。
けれど、 持ちすぎたものの中に、 プライドという重荷が 紛れ込んでいたのです。
今、私はAIを使いながら、 文章を書いたり、 声で発信したりしています。
正直、 最初は不安でした。
これまでの経験なんて、 AIの前では役に立たないのではないか。
そんな風に思っていた時期もありました。
でも、違いました。
AIが持っているのは、 情報です。
私が持っているのは、 経験です。
情報は、 誰でも手に入ります。
でも、 四年かけてプライドに気づいた経験は、 私にしかありません。
その経験が一番活きるのは、 企画や構成を考える時です。
AIは、 材料をいくらでも出してくれます。
でも、 その材料の中から何を選び、 どう並べ、 何を語るかは、
経験を積んだ人間にしか、 判断できません。
空っぽになったからこそ、 AIという水を、 素直に受け止められるようになった。
そんな気がしています。
読者には、 この四年間を、 そのまま繰り返してほしくない。
人生の後半に、 そんな時間を使っているヒマは、 本当にないからです。
第三章 老子第六章「谷神」とは|意味をわかりやすく解説
老子第六章に、こんな言葉があります。
「谷神は死せず、これを玄牝という。 玄牝の門、これを天地の根という。 綿々として存するがごとく、これを用いて勤きず。」
現代語にすれば、こういうことです。
谷の神は、決してかれない。 なぜなら、谷はいつも低く、 空っぽだからだ。
山は、高く、満ちている。 けれど、いつか崩れる。
谷は、何も持たない。 だからこそ、 水を受け続けることができる。
尽きることなく、 使われ続けることができる。
老子は、 満ちることを強さだと言っていません。
空っぽであることこそが、 枯れない力だと言っているのです。
面白いのは、 「玄牝」という言葉です。
牝、 つまり、雌の力。
何かを生み出す力ではなく、 何かを受け入れる力。
老子は、 攻める強さより、 受け止める強さを、 はるかに高く評価していました。
山は自分から動きません。 水を降らせることもできません。
でも谷は、 ただそこに低く在るだけで、 天からの水を、 すべて受け止めてしまう。
何もしていないようで、 実は一番大きな仕事をしている。
それが、谷の力です。
正直に言えば、 この教えは、 私たちの世代には、 一番馴染みにくい思想かもしれません。
「もっと稼げ。」 「もっと持て。」 「もっと頑張れ。」
そんな空気を吸って育った人間に、 「空けなさい」 と言われても、 すぐには飲み込めません。
足すことしか、 教わってこなかったからです。
第四章 プライドを手放して変わったこと|谷のように生きる
私はずっと、 満たすことが人生を強くすると思っていました。
経験を積む。 実績を持つ。 誇りを持つ。
それが、 自分を守ってくれると信じていました。
でも、違ったのです。
守っていたつもりの誇りが、 私を谷ではなく、 山にしていた。
高く、閉じて、 何も受け入れられない山に。
プライドを手放したとき、 初めて分かりました。
空っぽだから、 新しいものが入ってくる。
空っぽだから、 人の言葉が届くようになる。
不思議なことに、 あの修理工場で過ごした時間から、 冷静に周りが見えるようになりました。
「今は、 社会の仕組みを学べる期間なんだ。」
そう、 自分に言い聞かせるようになったのです。
同時に、 一つの違和感が、 消えなくなりました。
これだけ真面目に働いているのに、 なぜ暮らしは楽にならないのか。
その違和感の正体を探る旅に、 私は出ることになります。
満たすことをやめたとき、 ようやく私はかれなくなったのです。
不思議なもので、 プライドを手放してからの方が、 仕事は続いています。
肩書きも、 実績の大きさも、 昔ほど気にならなくなりました。
代わりに、 人の話を最後まで聞けるようになった。
分からないことを、 素直に分からないと言えるようになった。
守るものを、 減らしたはずなのに、
守れているものは、 むしろ増えている気がします。
これが、 谷になるということなのだと、 今なら分かります。
第五章 AI時代を生き抜く「個人戦」の心得|谷神に学ぶ生き方
私たちは、 「会社に入れば安泰だ」 という空気を吸って、 社会人になりました。
「右肩上がりが当たり前」 という前提で、 働き方を覚えました。
でも今、 時代は真逆です。
AIが仕事のやり方を変え、 人口は減り続け、 終身雇用という前提も、 もう崩れています。
足すことを教わってきた世代が、 空けることを求められる時代を、 生きているのです。
今の時代、 AIも、情報も、 無限に手に入ります。
全部を追いかけようとすれば、 誰でも山になっていきます。
高く、忙しく、 そしていつか崩れる山に。
でも、 谷のような人もいます。
情報を全部抱え込まず、 自分に必要なものだけを、 静かに受け止めていく人。
そういう人の方が、 長く続いている気がします。
働き方も、副業も、SNSも、 同じだと思います。
会社という山に守られていた時代は、 終わりに近づいています。
これからは、 一人ひとりが、 自分という谷を持って戦う時代です。
個人戦です。
周りの情報に振り回されず、 自分に必要なものだけを選び取る。
そのためには、 まず自分を知ることから 始めるしかありません。
肩書きも、 過去の実績も、 一度全部かなぐり捨てて、
裸一貫のつもりで、 自分に向き合う。
そこまでやって初めて、 本当に必要な情報が、 何なのか見えてきます。
たくさん持つことより、 何を手放せるかの方が、 これからは問われるのかもしれません。
谷は、 自分から何かを主張しません。
ただ低く、 そこに在り続けるだけです。
それでも、 天地の根と呼ばれるほどの力を持っている。
満たすことを競う時代だからこそ、 一度、 空っぽになる勇気が、 必要なのかもしれません。
第六章 あなたへの問い
あなたが今、 満たそうとしているものは何ですか。
そして、 それを手放したとき、
あなたの中に、 何が新しく流れ込んでくるでしょうか。
