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【#01】正しくやって失敗する理由|老子の本質論

哲学人生

【#01】正しくやって失敗する理由|老子の本質論

今日の違和感|なぜ、正しくやっても崩れるのか

教わった通りにやったのに、 なぜか上手くいかない。

そんな経験は、 ないでしょうか。

正しい手順を、 正しい順番で、 教わった通りに。

それでも、 何かが噬み合わない。

50年も生きてくると、 そういう瞬間が、 いくつか積み重なっているのではないかと思います。

今日は、 老子の最初の言葉から、 そのことを少し考えてみたいと思います。

老子はこう言う|名前をつけた瞬間、消えるもの

老子第一章は、 こんな言葉から始まります。

「道可道、非常道(どうかどう、じょうどうにあらず)。 名可名、非常名(めいかめい、じょうめいにあらず)。」

難しい話ではありません。

言葉にできる道は、 本当の道ではない。

名前をつけられるものは、 本当の名前ではない。

本質というのは、 言葉にした瞬間、 固定された瞬間に、 もう本物ではなくなってしまう。

そういう話です。

私の体験|赤字が続いた、本当の理由

私は以前、 木箱の梱包業を営んでいました。

先代から、 値段のつけ方を教わりました。

材料費はこう。 手間はこう。 値付け計算はこうする。

計算式を使い、 その通りにやりましたが、

ずっと採算が合わず、 赤字が続いていたのです。

教わった通りにやっているのに、 なぜ儲からないのか。

理屈が分からなかったんです。

周りの人たちや、 税理士にも聞きました。

始めたばかりは、 赤字が出るものだ。

特に、 軌道に乗るまでは。

でも、 その「軌道に乗る」という言葉に、 引っかかりを覚えたんです。

軌道とは、 誰が敷いたものなのか。

乗るとは、 いつ乗れるものなのか。

値段をつけるとは、 そもそも何なのか。

基準は、 どこにあるのか。

先代の方法は、 先代の時代には、 正しかったのかもしれません。

でも、 その通りやった結果が、 赤字続きだということは、

そもそもが、 間違っているのかもしれない。

そのあたりから、 教わったことを、 一度疑ってみるようになりました。

経営を学ぶために、 ビジネス書もたくさん読みました。

気になるところは、 ノートに取って。

でも、 実際に自分の仕事に使えたのは、 ほんの数パーセントでした。

なぜなら、 あれは、 その人の成功に、 名前をつけた話だからです。

自分の現場の話ではないんです。

別の話もあります。

知り合いに、 美容機材の訪問販売をしている女性がいました。

お客様の家で、 雑談をしながら営業をする。

その雑談の内容が、 一歩間違えば、 お客様を怒らせるような、 際どい話だったんです。

マニュアルなら、 絶対に避けるべき会話です。

でも、 その場では、 大笑いが起きていました。

そして、 高額な機材が、 売れていく。

型通りに、 きちんと接客していたら、 お客様は、 壁を作っていたかもしれません。

彼女には、 マニュアルにない、 彼女だけのやり方が、 あったのです。

見落としていたもの|マニュアルとは、誰かの名前にすぎない

ここで、 ひとつ思うことがあります。

マニュアルや、 教わった手順というのは、

誰かが、 ある時、 ある状況の中で、 うまくいったことに、 名前をつけたものです。

名前をつけた瞬間に、 それは固定されます。

でも、 現場は、 固定されていません。

毎回、 違う温度の人間が、 違う温度の場所で、 向き合っています。

今の時代は、 マニュアル通りに、 決められた言動行動を、 決められた通りに守ることが、 正しいとされています。

でも、 それを厳密に守るほど、 かえってお客様を、 怒らせてしまうことがあります。

型を守ることが、 目的になってしまうからです。

本当は、 その場に応じて、 形を変える必要がある。

臨機応変、 という言葉があります。

でも、 臨機応変は、 マニュアルには書けません。

書いた瞬間に、 それもまた、 名前のついた型になってしまうからです。

マニュアルを守らなければ、 上司に怒られる。

守りすぎれば、 お客様に怒られる。

その板挟みの中で、 今日も多くの人が、 動いているのだと思います。

もしかしたら、 今の世の中が、 少し生きづらいと感じるのは、

その板挟みのまま、 正しさを守ることに、 忙しくなりすぎて、

その場の空気を読む力を、 失っているからかもしれません。

教わった通りにやって、 うまくいかなかったとき。

それは、 あなたが下手だった、 ということではないのかもしれません。

名前のついた道を、 そのまま歩いただけで、

自分の足で、 道を確かめなかった。

そういうことなのかもしれません。

老子は、 それを失敗だとは言いません。

ただ、 本当の道は、 言葉にできない場所にある、 と言っているだけです。

今の私たちなら|信用は、正しさの証明ではない

この話は、 木箱の梱包業や、 訪問販売だけの話ではないと思います。

50代の今、 似たことが、 あちこちで起きているのではないでしょうか。

会社に勤めていれば、 会社のルールが、 正しさになります。

肩書き、 評価制度、 昇進の道筋。

それを守ることが、 正しい生き方だと、 教わってきました。

でも、 定年が近づいてくると、

その正しさが、 急に頼りなく見えてくる。

会社という、 名前のついた手順から、 一歩外に出た瞬間、

何を基準にしていいのか、 分からなくなる。

そういう瞬間が、 あるのではないでしょうか。

副業や、 発信活動を始める人も、 増えてきました。

ただ、 そこでもまた、 新しい「正しさ」を、 探してしまいがちです。

伸びるノウハウ、 正しい投稿の仕方、 正しい発信の仕方。

私自身、 今、 音声配信を続けていますが、

正しいやり方を、 探していたわけではありません。

ただ、 続けることだけを、 決めていました。

信用というのは、 正しさの証明ではなく、

続けてきた時間の、 積み重ねなのだと、 今は思っています。

肩書きも、 会社という、 名前のついた手順の、 ひとつにすぎません。

それを外した時、 あなたを動かすものは、

正しさでしょうか。

それとも、 キッカケでしょうか。

今日の問い|いまも、答えていない問い

私の人生を変えた出来事は、 16歳の時に波乗りと出会ったことでした。

計画していたわけではありません。

ただ、 何か刺激を求めていたのは、 間違いありません。

友達から、 「今年の夏は、 波乗りをしてみないか」

たった、 その一言でした。

マニュアルもなければ、 誰かが名前をつけた手順も、 ありませんでした。

やってみると、 そこには、 想定外の楽しさがありました。

それ以上に、 人生を変えた出来事には、 いまだに出会っていません。

そして今、 振り返って思うんです。

木箱の仕事で、 私が赤字だった理由は、 値付けを知らなかったからではありません。

むしろ逆でした。

知っていると思っていたからです。

教わったことを疑わず、 正しいやり方を守り、 間違えないように生きていた。

私を止めていたのは、 失敗ではなく、 正しさだったのかもしれません。

起業も、 この音声配信も、 振り返れば、 計画から始まったものではありませんでした。

波乗りもそうです。

あの日、 友達が声をかけてくれなければ、 私は今、 どんな人生を生きているのだろうか。

ただ一つ言えるのは、 人生を変えた出来事には、 いつも説明がありませんでした。

波乗りも。 起業も。 音声配信も。

どれも、 正しいから始めたわけではありません。

ただ、 ひとつのキッカケがあった。

そして気がつけば、 景色が変わっていた。

だから今、 ふと思うんです。

私が人生で本当に大切なものと出会った瞬間は、

いつも、 「正しい」と思っていた時ではなく、

「気になる」と思った時だったなと。

もし今、 あなたが握りしめている正しさがあるとしたら。

それは、 あなたを守っているのでしょうか。

それとも、 新しいキッカケが入ってくる余白を、 ふさいでいるのでしょうか。

今日は、 その問いだけを残します。

最後に、ひとつだけお知らせです。

サブスタックでは、古典を手がかりに、

現代をどう生きるかを探究しています。

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